近くに聞こえるはずの蝉の声も、どこか遠い。
刺すように照り付ける太陽の光も、他人事のようで。
壁一枚を隔てたような感覚の中、そう定められた機械のように水を替え、花を生ける。
夢の中のようにゆらめく景色を背に、無機質に佇む墓石達。
その中の一つ。私の目の前。
倉敷家之墓
この、冷たくて重い石の下に、私の両親が眠っている。
「終わった?八重」
声をかけられて顔を上げると、修兄がこちらに歩いてくる姿が目に入った。
黒い髪と穏やかな黒い瞳を持つ、長身の青年。
山田修一郎。今は、私の兄に当たる人。
お墓参りだからだろうか。フレーム無しの眼鏡をかけ、上は白いシャツ、下は黒のパンツ、そして黒い革靴とシンプルに纏めてある。
「掃除するとこ、なかったから」
小さな声で答えながら、私は頷いた。
一年ぶりの墓参りだったけれど、墓石はとっくに誰かの手で綺麗になっていて、少しだけ枯れた花を代える程度で済んだ。
私よりも先に叔母さんが来たんだろう。
お母さんの妹。時折手紙を交換するぐらいで、ここ数年まともに会っていない。
当然だ。だって避けているのは、私の方なのだから。
「じゃあ、俺は佐山と藤永の墓も見てくるから、八重はそこの日陰で待っていてくれるかな?」
修兄はそう言って、近くの木陰を指差した。
「日射病になったら大変だからね」
それじゃあ、と言って踵を返す修兄。
私はとっさに手を伸ばし、白いシャツの裾を掴んだ。
引き止められて、不思議そうに修兄が振り返る。
「……あ…」
手伝おうか?と言おうとしたのに、言葉が喉の奥に引っかかり、声にならない。
どうしていいか分からず、シャツを掴んだ手を離すこともできなくて。
そうして俯いてしまった私の頭を、修兄が優しく撫でた。
顔を上げると、すぐ近くに修兄の顔。
腰をかがめて、視線を同じくらいの高さにして。安心させるように微笑んで見せる。
子供の頃、よくそうしてくれたように。
「一人で十分だよ。たぶん、誰かが綺麗にしているだろうし」
私の言いたいことが分かったらしく、修兄はそう言った。
「大丈夫。ちゃんと戻ってくるから」
まるで小さな子供に言い聞かせるような優しい声。
もう一度、待っていてと言うと、修兄は踵を返して歩き始めた。
頷くこともできないまま残された私は、一人、木の幹に背を預けてため息をついた。
どうして、言いたいことが上手く言えないんだろう。小さな声しか出せないんだろう。
まるで、声の出し方を忘れてしまったように、上手く言葉を紡げない。
「…私、昨日までどうやって声出してたっけ……」
その呟きはあまりにも小さくて、自分の耳に届く前に蝉の声にかき消された。
もう一度ため息をつき、自分の姿を見下ろす。
白いワンピースに薄桃色の五部袖カーディガン、そして薄桃色のフットカバーとリボンのついた白いバレエシューズ。
いつになく大人しく地味な服装にしているのは、別にお墓参りを意識したわけじゃない。
ただ自然に選んだだけ。手が伸びただけ。
いつも、そう。
ここに来る私は、いつもの私じゃなくなるんだ。
まるで、山田八重が消えて、倉敷八重が戻ってくるかのように。
そうしてぼんやりと暑さにゆらぐ景色を眺めながら、無意識にさっき掴んだシャツの感触を繰り返し思い出している自分に気付く。
怖い、のだろうか。
胸に手を当ててみるけど、分からない。
霧の中のようで、その場所に何があるのかすら見えない。
何もかもが散漫としていて、手を伸ばしても触れることができない。何も掴めない。
…だとしたらもう、倉敷八重は壊れてしまっているのかもしれない。
あの日から。
以下、背後の呟き--------------------------------------------
はい、そんな訳で中途半端です。しかも今更。
夏休みに帰省した時の話。八重バージョン。
途中で止まったままになってたので、まあいーやと載せちゃいました。
そのまま進むと人がぽこぽこ出てきてものすごく長くなりそうなのでぶっちゃけめんdげふげふ(ぉぃ
修兄さんが出張ってるのは八重以外でここまで来れるのは修兄さんだけだからです。
ゆっきーは入ってこれないので村の外側に住む知り合いの家で待機中。他の家族は鎌倉。
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